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大人になってから将棋を始めて教室に通っても、初段になれる確率は数%程度という現実

 将棋教室に通えば強くなれる。

少なくとも「初段くらいにはなれるのではないか」 
大人になってから将棋を始めた人であれば、一度はそう考えたことがあるだろう。

しかし、実際に教室という場を継続的に観察してみると、
大人向け将棋教室に通って初段に到達する人は、体感で数%程度という現実が見えてくる。

これは教室の質が低いからでも、講師が悪いからでもない。
理由はもっと単純で、構造的な問題である。

教室に通う大人は「将棋に最適化された人」ではない

大人向け将棋教室に通い、高額な月謝を払いプロの指導を受ける事が出来る人は、
いわゆる社会的に成功している層が多い。

• 大学を卒業している
• 安定した企業に勤めている
• 月謝を問題なく支払える収入がある
• 対人関係に大きな問題がない

社会生活においては非常に優秀な人たちであるし、素直に人間として尊敬すらしてしまう。

しかし、これは同時に
将棋に大量の時間と集中力を投下できない生活構造を意味している。

仕事は忙しく、プライベートの付き合いも多い。
将棋に割ける時間は「週1回の教室+α」が限界という人が大半である。

将棋の棋力は勉強量でほぼ決まる

身も蓋もない話だが、将棋は努力量が非常に分かりやすく反映されるゲームである。

• 詰将棋をどれだけ解いたか
• どれだけの戦型を知っているか
• 対局後の反省をどれだけ積んだか

これらの総量が棋力を決める。
週1回教室に通うこと自体は決して悪くない。 
しかし、それだけで初段に到達できるほど、将棋は決して甘くない。

初段に到達する人は例外なく、教室の外で大量の一人勉強を積んでいる。

教室は「学習の場」より「居場所」になりやすい

大人向け将棋教室の多くは、実質的に社交の場として機能している。

• 将棋を題材にした雑談
• 指導対局というイベント
• ガチガチな勝敗よりも場の雰囲気を重視

これは悪いことではない。
将棋を長く続けるためのサードプレイスとしては、むしろ健全である。

ただし、 初段を目指す修行の場として見た場合、効率が落ちるのは避けられない。

なぜ初段到達率が数%に収束するのか?

理由は極めて単純である。

• 教室に通うことで満足してしまう人が多い
• 勉強量が圧倒的に不足している
• 忙しさを理由に学習が途切れる
• 負けが続くとモチベーションが下がる

その結果、 数年間通っても級位のままというケースが大半を占める。
一方で初段に到達する大人は、

• 生活の中に将棋学習を毎日のルーティンとして組み込める
• 黙々と一人で勉強を継続する時間を確保できる
• 勝敗を感情ではなく情報として処理できる

といった、かなり偏った特性を持っている。
教室のような場所は苦手だが、通わなくても毎日2時間は黙々と将棋の学習に当てられる人、このようなタイプは棋力が伸びやすい。

将棋教室は初段を作る場所ではない

誤解されがちだが、 将棋教室は初段を量産する場所ではない。
正確に言えば、 将棋教室とは 初段になれる可能性のある人を、初段に近づける場所である。

最終的に初段になれるかどうかは、
教室の内容ではなく、本人がどれだけ将棋に時間を投下できたかで決まる。

これは自然な結果である

大人になってから将棋教室に通っても、初段になれる確率が数%程度であることは、悲観すべき話ではない。

• 将棋は時間集約型の趣味である
• 大人は基本的には自由時間が少ない
• 教室は社交性の高い人が集まりやすい

これらの条件が揃えば、 この結果はむしろ自然な帰結である。

将棋教室は無意味ではない。
ただし、「通えば強くなれる場所」ではなく、 将棋と穏やかに付き合うための場所と理解した方が、期待値は正しくなる。

初段を本気で目指すのであれば、必要なのは教室そのものではなく、
一人の静かな時間と、圧倒的な勉強量である。